そして、しばらくしてから和弥が運ばれたらしい病院を尋ね、病室に入った。
「真田」
 朝早い時間だから誰も起きていないと思って静かに入ったのに一人の女が和弥の傍に寄
り添っていた。目は真っ赤に充血して泣きはらしたらしい。羽織っていた上着を女に羽織
らせてそっと肩に触れた。
「藺藤くん……」
「事情は科内から聞いた。すまなかった」
 目を伏せて言うと蒼褪めて浅い呼吸を繰り返している和弥に目を向けて溜め息を吐いた。
「藺藤くんが、やったんじゃないよね?」
 すがるような目で見つめられて月夜は目を閉じて触れた肩を握り締めた。
「当たり前だ。……」
 そこまで言って深華に目を向けると眦に大粒の涙をたたえてそれでも泣くまいと唇を引
き結んでいた。月夜はその頬に触れてそっとその髪に触れた。それで糸が切れたのだろう
か、しゃくりをあげて泣き始めた。そっとそれを受け止めて落ち着くまでその胸を貸して
いた。
「絶対、かえって来るさ。多分、嵐も通うとか言っていたろ?」
 まだ、引きつった呼吸を繰り返している深華を覗き込んで言うとこくんと一つ頷いた。
「なら、絶対、大丈夫だ。あいつなら、こいつを治せる。和弥から聞いてないか? 術を」
 また一つ頷く。まるで聞き分けのいい子供を相手しているように月夜はふっと笑った。
「嵐は、怪我を癒せる術者なんだ。それが通うといってのであればすぐに治るよ。な?」
 また涙を流し始めた深華に苦笑してくしゃっとその髪を撫でて少し腰を折って覗き込ん
だ。
「だったら、その辛気臭い顔、どうにかしな。意識取り戻してそんな顔されちゃ、あっち
だってびびるだろうしな」
「え、そんなひどい?」
「そこの鏡で見てみな」
 両手で顔に触れた深華にふっと笑って腕を組んで和弥の状態を視た。そう悪い状態では
ないらしい。
「うわ、お岩さん」
「自分で言うなよ」
 思わず突っ込んだ月夜は溜め息をついて夜にはこんなに笑ってられないなと思い出して
表情を引きつらせた。なんとなく嫌な予感がしたのだ。
「……」
 部屋の四隅を見て目を細めた。結界を、物理的ではなく霊的な結界を張ったほうがいい
かもしれない。
「どうしたの?」
「和弥が誰にやられたか、教えられたか?」
「警察の人が無差別にって、……」
「もしかしたら、術者関連のこと、いや、この場合、俺のダチだから狙われたのかもしれ
ないといったほうがいいな」
「どういう……?」
 首を傾げる深華に月夜は壁に背を預けて溜め息をついて淋しげに笑った。
「俺の隣に夕香がいない理由も、元は同じことなんだが、少し、厄介ごとに巻き込まれて
てな、俺を殺したいやつがいるんだ。たぶん、遊び目的で」
「なにそれ」
「さあ、俺にもわかんないよ。あいつが考えてる事は。まあ、場合によっちゃあ殺すけど
な」
 本当とも嘘ともつかない言葉に深華は言葉を失った。月夜はいたってまじめな顔をして
いる。
「夕香も、そいつに連れ去られたんだ。今日の夜、あいつを取り返しに行くんだ」
「何で、そんな事……?」
「単に話を聞いてもらいたかっただけなのかもしれないな」
 そのあと、早口に、月夜の紫に近い唇が早口に、もしかしたら、今日で最後かもしれな
いからと動いていたのをしっかり見ていた。目を見開いた深華を見てかうつむいたまま笑
って常備している塩を部屋の四隅において見つからないようにとベッドの裏側、ちょうど
部屋の中心にあたる場所に自分が持っていた水晶の原石を取り付けて軽く剣印を結んで口
の中で何かを唱えた。
「もし、怪しげな人が着たら、白髪の若い男が着たら、臨める兵闘う者皆陣破りて前に在
りと唱えるか、この呪符を扉に貼り付けろ。まあ、できるならどちらもやれ。書きおき残
すからこの通りに唱えるように。それと、和弥が起きていたんだったら和弥にやってもら
え。九字の法という」
 書き置きを渡して深華の目をまっすぐに見た。
「意識を失っている和弥を守れるのはお前しかいないんだ。しっかり守ってやれよ」
 そういい残すと、月夜は病室を出て部屋に戻って遅めの睡眠をとった。



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